施本文庫

充実感こそ最高の財産

今、この瞬間を生き切ればいい 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

4 幸福は「今」この瞬間に 

善行為で身も心も軽やかに 

仏教の心理学の中に「善心所」という言葉があります。これは善い心のはたらきのことで、善心が生まれると、性格は明るく、なめらかになり、身も心も軽く、やわらかく、穏やかで、活発になります。それから、どんなものにも偏らず、平等に、落ちついていることができます。 

この偏りのない状態、怒りや欲のない中立的な状態のことをパーリ語でtatramajjhattatā(タトゥラマッジャッタター)と言います。
tatra(タトゥラ)は「そこに」という意味で、私たちは瞬間瞬間、見たり聞いたりと、何かを感じていますね。その瞬間瞬間の対象のことを指し示しています。majjhattatā(マッジャッタター)は「中立性を持つこと」、わかりやすく言えば、落ちついていることです。 

私たちは常に何か行為をしています。心で何かをしようとしているのです。この「しようとする」ことに対して中立的な立場でいること、いわゆる対象に偏らないことをtatramajjhattatāと言うのです。 

何かの仕事をきちんと成し遂げたいと思っても、もし心に偏りがあるなら、それは巧くいかないのです。たとえば料理を作るとき、材料は何が必要か、どのぐらいの分量が必要か、どのような手順で作ればいいか、火の強さはどうか、塩や醤油の量はどのぐらいが適切かなど、状況をよく把握することが必要でしょう。心に偏りがあるとどこかで何か失敗してしまうんですね。 

これはどんなことについても同じなんですよ。欲や怒りの感情が心に入ると、偏りが生じます。偏って見たり聞いたり考えたりすると、心は石のように固くなってしまいます。そしてその瞬間に善心所から離れてしまい、仕事が巧くいかなくなるのです。仕事でも勉強でも家事でも、何か行為をするときは、余計なことを考えずに、クールで落ちついていると巧くいくものです。 

たとえば小さな針の穴に糸を通そうとするとき、心がイライラしているとなかなか通らないでしょう。それで、1回、2回、10回、100回……と何度もやっていくうちにやっと糸が通りました。その通ったという瞬間、心はクールで落ちついている状態にあったのです。心は瞬間瞬間変化しますから、ずっとイライラし続けることもできないのです。そこでほんの瞬間、心に落ちつきが生まれて、針の穴に糸を通すことができたのです。 

結局、心が落ちついていなければ、仕事を上手に為すことができないんですね。このtatramajjhattatāという心のはたらきは、明るく活発に行動するためには欠かせないものなのです。 

善行為をするときはどんな場合でも心が落ちついている状態にあります。偏りがないんですよ。ですからストレスが溜まったり、疲れたりすることは微塵もありません。それどころか、善行為は人に柔軟性を与えてくれますし、身も心も楽にしてくれます。長い間忘れていたやさしい笑顔も戻ってきます。なんとなく「気持ちいい」という感じ。とても気楽になります。このような心の状態が仏教でいう「善心」なのです。 

それなのに、「善い行為をしてください」と言うと、皆さん「私は結構です」と言って二、三歩退いてしまうのです。 

貪瞋痴の束縛から脱出して自由になる 

善行為とは正反対に、ストレスのある生き方は悪行為、不善行為です。世の中ではストレスを自然現象の一つだとみなしているようですが、仏教ではそれを悪行為だと言っています。そしてストレスのない柔らかい心でいることが、善行為なのです。 

世間では、ストレスを解消しようといろんな工夫がなされていますね。多くの人々は、酔いつぶれるまで酒を飲んだり、声がかれるまでカラオケで歌ったりすることでストレスが発散できる、と勘違いしていますが、残念ながらそんなことしても効果はないのです。それどころか、逆にストレスを増幅してしまうのです。だってカラオケで歌うときは友人や同僚が聴いているでしょう。上手に歌わなくてはなりませんよ。そこで見栄が出てくるし緊張もします。 

踊りたいほうだい踊っても、ストレスは解消できません。これも恰好よく見せなくてはなりませんし、サルのように踊っていてはみんなに笑われてしまうだけです。ストレス解消どころか、新しいストレスを生むはめになるのです。ですから世間で言われているストレス解消、発散の方法はインチキだと言えるでしょう。 

ストレス、それ自体が悪行為です。仏教では「悪い行為をすると地獄に堕ちる」とはっきり言っています。ということは、ストレスを抱えたまま死を迎えると地獄に堕ちる、ということになりますね。これは大変危険なことです。冗談で済まされることではありませんよ。 

ですから一刻も早くストレスを取り除くことが大切です。そして柔軟性のあるやさしい心を育ててください。いつも笑顔を絶やさず、楽しみを感じられる性格をつくってください。ものごとに対して「すばらしい、それはいい!」と欲を出して飛びつくこともなく、「だめだ、イヤだ!」と怒りを撒き散らすのでもなく、「あー、そういうことですか」と理解する性格、常に落ちついていられるように心を訓練してみてください。それがストレスのない性格です。 

貪瞋痴があるかぎり人間は自由になれません。私たちは貪瞋痴の奴隷なのです。欲しいものを追っていき、嫌いなものを壊そうとする。そしてそのためだけに生きているのです。そうすると生きる道が限られてしまうでしょう。それで自由が失われてしまうんですよ。自由を失うと、そこにあるのは悩みや苦しみ束縛だけなのです。 

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充実感こそ最高の財産
今、この瞬間を生き切ればいい 
著者:アルボムッレ・スマナサーラ長老
初版発行日:2002年9月