智慧の扉

凝縮された仏教のエッセンス

「智慧の扉」は、機関誌パティパダーの巻頭に毎号掲載されている、スマナサーラ長老による読み切りのコラムです。見開き2ページの短い文章の中に、お釈迦さまの教えがギュッと詰め込まれています。短い時間で読めますので、ちょっとした待ち時間などにも触れてみてください。くり返し読むことで、きっとまた新しい発見があると思います。

新着記事

  • 2013年6月号

「自我の幻覚」への処方箋

 自分になんの中身も無いと、どうしても威張りたくなるもの。自我を張れば張るほど、その人は空っぽです。俺が俺がとベラベラ喋り続ける人ほど、徹底的に自信がないのです。中身が充 […]

  • 2013年5月号

妄想は無知のゲーム

 未来のことをあれこれ心配するのは危険な「妄想遊び」です。無知のゲームに興じて、無知を繁殖させることです。遊びと割り切れればいいが、真剣になると心が重病に陥って、人生は土 […]

  • 2013年4月号

仏道と他者

 仏教には、「自分さえ良ければいい」という話はありません。誰であれ、自ら心清らかにするべきです。しかし、他人にも真理を教えて、心清らかにする道を歩んでもらうことが最高なの […]

智慧の扉インデックス


2011年12月号

苦をどうすべきか?

生きる努力とは、まず自分に寄って来ないものを追うことです。次に、得たものはひとりでに自分から離れてしまうので、またそれを逃がさないよう頑張ることです。生きている限り、この […]

2012年1月号

お釈迦様の教えとは?

 仏教はお釈迦様の教えです。お釈迦様は「争いの世界で争わずに生きる方法、怒り憎しみの世界で怒り憎しみ無しに生きる方法」を教えたのです。「食うか食われるか」という弱肉強食の […]

2012年2月号

みんな「優しさ」を求めている

 生きることは誰にとっても大変です。お釈迦様さえ、覚りを開いてから涅槃に入るまで、決して楽な人生ではなかったのです。ブッダは一切衆生に無条件に慈しみを抱いていました。しか […]

2012年3月号

「汚れる」という法則

 部屋を掃除しても、その瞬間から汚くなってしまう。それは掃除する時に観察できることです。手洗いをピカピカにしても、誰かひとり入ったら終わり。それぐらい早く汚れるのです。  […]

2012年4月号

関心・無関心と「関係性」

 世の中では他に向かって、「もっと社会に関心を持つべき」「無関心はけしからん」などと怒る人がいます。しかし、自分が何か行動する時には、関心・無関心という物差しを使ってはい […]

2012年5月号

和合を保つ三つの方法

 家庭であれ、職場であれ、自分のいる場を天国にするか地獄にするかは自分のアプローチ次第です。仏教の出家サンガには、共同生活する人々が和合を保つための三つの方法が伝えられて […]

2012年6月号

不殺生は「生命の真理」

 ブッダは不殺生の教えを説かれました。しかし他の宗教でも「殺すなかれ」と教えています。では、仏教と他宗教は「同じことを教えている」と言えるのか? ここはよく理解して欲しい […]

2012年7月号

ブッダの真理と道徳

「ブッダの教えは宗教と関係ありません。『地球が丸い』と同じく異論が成り立たない真理です。」私が説法のなかでよく強調するポイントです。しかし「地球が丸い」という真理と、ブッ […]

2012年8月号

宗教は渇愛のブースター

 宗教は信仰するものです。信仰する自分の立場が低いのです。仏教はブッダの教えを自分で勉強して、納得して自分がやってみる。それで自分が幸せになるのです。世界の七割は神を信じ […]

2012年9月号

ダンマを好む人になろう

 ある夜、祇園精舎におられた釈尊のもとに、光り輝く女神(天女)が舞い降りて、質問しました。「私たちはお釈迦さまに、生命が堕落する道をお尋ねします。どうぞ教えて下さい。」釈 […]

2012年10月号

仲間づくりに気をつけよう

 祇園精舎での対話の続きです(先月号)。最初の答えに感動した女神は、さらに「世尊よ、二つめの堕落の道を教えてください」と頼みました。ブッダは「悪人を好み、善人を嫌う。悪人 […]

2012年11月号

人生とはレンタルである

 私たちは、何も持たずに生まれてきました。母胎に宿る時の最初の細胞さえ、父・母からの借りものです。それ以来、人生はすべて他所からの借り物・レンタルで賄っています。「私のも […]

2012年12月号

幸不幸を分ける人生へのアプローチ

 寝ることが好き。お喋りするのが好き。勇気がない。すぐ怠ける。いつも怒りの思考で物事を観てしまう。これらは人が堕落する道、破滅する道であるとブッダは説きます。仏教は心理学 […]

2013年1月号

マーラ(悪魔)とは何か その1

 マーラ、悪魔、悪しき者などなど、世界中で「魔」という言葉を使います。日本語にも「魔が差した」 という言葉がありますね。普段なら自分はやらないようなこと、なぜやってしまっ […]

2013年2月号

マーラ(悪魔)とは何か その2

 パーリ経典で釈尊と対決する悪魔(マーラ)は、「俗世間の価値観」を正当化する立場を代弁しています。悪魔は人生の表面だけ見て「生きること」を賞賛する。一方、ブッダは人生の表 […]

2013年3月号

なぜ輪廻転生してしまうのか?

 生きることは苦しい。それなのに、人はなぜ輪廻転生を繰り返すのでしょうか?  それは、「生きていきたい」という強烈な執着があるからです。死ぬ時も悔しいから、また生きたいと […]

2013年4月号

仏道と他者

 仏教には、「自分さえ良ければいい」という話はありません。誰であれ、自ら心清らかにするべきです。しかし、他人にも真理を教えて、心清らかにする道を歩んでもらうことが最高なの […]

2013年5月号

妄想は無知のゲーム

 未来のことをあれこれ心配するのは危険な「妄想遊び」です。無知のゲームに興じて、無知を繁殖させることです。遊びと割り切れればいいが、真剣になると心が重病に陥って、人生は土 […]

2013年6月号

「自我の幻覚」への処方箋

 自分になんの中身も無いと、どうしても威張りたくなるもの。自我を張れば張るほど、その人は空っぽです。俺が俺がとベラベラ喋り続ける人ほど、徹底的に自信がないのです。中身が充 […]