智慧の扉

2007年5月号

失敗の回避と「生きる意義」

アルボムッレ・スマナサーラ長老

人間(生命)は不完全な存在です。誰でも失敗します。かといって、苦しみと不幸をもたらす「失敗」を肯定はできません。

人は誰でも、幸福に生きることを望み、苦を避けようと努力するものです。従って、「生きることの意義」は「苦を避けて幸福を目指す」ことにあるのです。これは揺るがせない事実です。否定したら、生きる意味も、努力の必要も成り立ちません。

そこで「失敗を避ける努力は、人間(生命)が幸福に生きるためにある」という命題が導き出されます。人が失敗を避けようと努力する目的は、企業が利益をあげるためでも、商売で損をしないためでもなく、「倫理(正しい生き方)」のためだということです。

事実を観れば、生命の行為は互いに密接にかかわりあっています。一個の生命が失敗することで、自分が苦しみ、他の生命にも迷惑をかけるのです。それを理解して、生命への「慈しみ」を持って行為することです。

自他の幸福のため、人類・生命のため、失敗しないように厳密に仕事をすれば、そこにやりがい、意義(attha)が生まれます。ストレスなしに、能力を向上できます。

不完全な人間が失敗を減らそうと励むことは、「こころを清らかにする」善行為なのです。

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