智慧の扉

2007年8月号

無常の見方と「無価値論」

アルボムッレ・スマナサーラ長老

幸福になりたくて人類は、原始時代から現代まで頑張ってきました。宇宙にまで進出してあらゆる技術を開発して、それでも地球上の半数は飢えています。いまだに戦争も止められない。仏教は幸福になるため、「不幸の原因を壊す」ことを説きます。人類の不幸の原因を壊すための鍵は「価値」という概念です。

ガラクタに「二百年前の皿」と価値を入れると、それが「骨董品」になって捨てられなくなる。現象に「価値」を入れると、連鎖反応的に無数の問題が起こるのです。「価値」を入れることで、不幸の原因がずっと続いて残ってしまう。だから、仏教は無常という言葉で「価値」を攻撃するのです。

「価値」とは、事実ではないただの観念です。しかしブッダの説く「無常」は厳然たる事実です。シャボン玉はきれいですが、すぐはじけます。そこに「価値」は成り立たない。シャボン玉がはじけても誰も困りません。シャボン玉の美しさも、すぐはじけることにあるのです。

よく観れば、一切の現象はシャボン玉そのもの、無常です。そう教えるブッダの無常論は「無価値論」です。「価値」という一言によって、人々の心は限りなく汚れ、互いに戦争まではじめる。世界から平和が消えてしまう。

落ち着いて自己観察することによって、どこから観ても現象に「価値」は成り立たないと理解すれば、心はきれいになります。怒りも恨み憎しみもなくなり、傲慢も消えます。そこで本物の幸福が現れてくるのです。

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