智慧の扉

2008年12月号

真理の発見は「なぜ?」から始まる

アルボムッレ・スマナサーラ長老

しゃべれるようになったばかりの子どもは、親に向かってひっきりなしに質問します。「なんで? どうして?」と。親たちは腹を立てて「うるさい」と遮ります。怒るのは自分たちが答えを知らないからです。「なぜ〇〇なのか?」という子どもの質問は、とても大切なものです。私たちが一生、「なぜ?」「どうして?」という疑問を持ち続ければ、どれだけ新しい発見が得られることか。どれだけ理性のある人間になれることか。

「なぜこの仕事をしているのか?」と知らないまま取り組んでも、身が入らないのです。真剣にやる気にはなれません。そんな状態では、性格がしっかりすることなどあり得ない。でも人間は、「なぜ?」という問いに答えを探す代わりに誤魔化しをします。「ノルマを果たすため」「いい業績を上げるため」などその場しのぎの目的を作って、死に物狂いで頑張るのです。でも所詮は誤魔化しだから、目的に達しても、喜びも充実感も得られない。そこでまた、その場しのぎの目的を捏造して、死に物狂いに頑張る。これは私たちが陥っている、強烈な「無知」の悪循環です。

だから、宿題として覚えておいてください。いつでも人生に「なぜ?」という一言を入れておくこと。やがて、「なぜ生きるのか?」という疑問に至るでしょう。この「なぜ?」は、無知を破り、真理を発見するための本当に大事な一言になるのです。「なぜ生きるのか?」と徹底的に調べていくと、「知るべきこと」はすべて知られるようになります。真理がありありと見えてきて、人生が変わるのです。

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