智慧の扉

2010年4月号

本当に汚いもの

アルボムッレ・スマナサーラ長老

思考は臭いものです。この世界で「汚物」というべきなのは、物質ではなく、思考です。世の中の物質が、汚物だと思ったら困りますよ。物質はリサイクルしたりして、何でも何度でも役に立てることができますから。本当に汚くて臭いものは、思考の中に入っています。

そう言われても、ピンと来ないかもしれませんね。試みに、いくつかの単語を並べてみます。20カラットのダイヤ。110円のおにぎり。1500円のウナギ弁当。マイクロフォン。ずだ袋。ルイヴィトンの鞄。それぞれずいぶん違うでしょう。

例えば、「20カラットのダイヤ」「クソ」

二つの単語で、ずいぶん印象が違うと思います。片方には心が惹かれて、片方は嫌なものと感じるでしょう。単語にまとわりついた思考・概念が、煩悩を持っているのです。言葉はいつでも煩悩と混じりあっています。煩悩と関わりない単語はほとんどありません。しかし言葉そのものはただの音・記号で、煩悩はないのです。

煩悩は、我々の心の思考・概念にあるのです。言葉に対応して、すでに持っていた思考がよみがえると、思考のなかの煩悩で心が汚れる。全ての心の問題が、思考と一緒に現れるのです。私たちは、思考することで汚物をかき混ぜています。

腐って臭いものと聴けば、色々浮かぶでしょう。でもそのリストに、自分が入っていないのですね。しかし、思考という臭い汚物をかき混ぜている我々こそは、正真正銘の臭いものです。物の悪臭は、どうってことありませんが、心の悪臭は、人を不幸に陥れる危険なものなのです。

普段は無理でも、ヴィパッサナー冥想をしている時だけでも、思考を止めることにチャレンジしましょう。

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