ジャータカ物語

No.79(2006年7月号)

賢いカラスの物語

Kāka jātaka(No.140) 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

これは、シャカムニブッダがコーサラ国の祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)におられた時、親族のために尽くすことについて、語られたお話です。

昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、菩薩(ぼさつ)はカラスとして生まれました。成長した菩薩は森の中にある大きな火葬場のカラスたちの頭(かしら)となり、八万羽のカラスたちを従えて森に住んでいました。

ある日のこと、国王の相談役で、国の司祭であるバラモンが、街を囲む城壁の外にある川で沐浴しました。バラモンは体中に高価なお香を塗り、立派な法服を花で飾り立て、街にもどってきました。ちょうどその時、城壁の門の上に二羽のカラスがとまっていました。いたずら者のカラスがバラモンを見かけ、「おい、あの気取った司祭の頭に糞を落としてやったらおもしろいぞ」と言いました。もう一羽のカラスは「ダメだよ。あのバラモンは権力者だ。権力者を怒らせたらまずいよ。そんなことをしたら、僕たちカラスは皆、ひどい目に遭わされるよ」と止めました。しかし、いたずらカラスは「俺はどうしてもやりたいんだ」と言ってききません。もう一羽のカラスは「そんなことしたらすぐにバレるに決まっているよ」と言いながら、逃げてしまいました。

司祭が城門の下を通ろうとした時、門の上のいたずらカラスは、糸をつり下げるようにして、糞をバラモンの頭の上に落としました。バラモンは真っ赤になって、烈火のごとく怒りました。それ以来、そのバラモンは、世の中のカラスというカラスを、皆、憎むようになったのです。

ある日、一人の農婦のおばさんが、米を広げて日に干しながら見張りをしていました。農婦は、つい眠くなってウトウトと居眠りをしました。そのすきに一頭のヤギが、こっそりと近づいて来て米を食べました。農婦は目を覚まし、「しっしっ」とヤギを追い払いました。ところがまたすぐに眠くなり、居眠りをしてしまいました。すると、第二のヤギがこっそりと来て、また米を食べました。農婦はまた気がついて、「しっしっ」とヤギを追い払いました。しかし、またしばらくすると居眠りをしてしまい、またヤギに米を食べられてしまいました。

何度もヤギに米を盗み食いされた農婦のおばさんは、自分が居眠りばかりしていることを棚に上げ、プリプリと腹を立てました。「このヤギどもは何度もしつこく米を盗み食いに来るね。うかうかすると米を半分以上も食べられてしまう。そうなったら大損だ。何とかしなきゃいけないよ。そうだ、二度と来ないように、火で脅かしてやることにしよう」。そのように怒りで浅知恵をめぐらした農婦は、火をつけた松明(たいまつ)をそばに置き、眠ったふりをしてヤギを待ちました。おばさんが眠ったと思ったヤギが、こっそり米を食べに来ました。サッと立ち上がった農婦は、火のついた松明で思いっきりヤギを殴りつけました。

松明の火はヤギに燃え移り、たいへんな騒ぎになりました。体が燃え上がったヤギは大騒ぎをして、死にものぐるいで駆け出したのです。「何とかして火を消そう」と必死になったヤギは、その辺りの象舎に飛び込んで、そこに積み上げてあった枯れ草に体をこすりつけました。火はたちまち枯れ草に燃え移り、猛火となって乾燥した大量の枯れ草を勢いよく燃やしながら、ドンドン燃え広がっていきました。象舎は火の海に包まれました。たくさんの象たちの体はひどく焼けただれ、おそろしい大惨事となりました。かわいそうな象たちのやけどのあまりのひどさに、獣医も打つ手がありません。大やけどを負った象たちの大被害は、国王に報告されました。

国王は司祭であるバラモンに、「バラモンよ、象舎が火事になり、たくさんの象たちが、獣医さえも治すことができないほどの大やけどを負ってしまった。何か良い薬を知らないだろうか」とたずねました。「大王よ、存じております」「バラモンよ、どうすればいいのだ」「大王よ、カラスの脂肪が、やけどにたいへん効く、とても良い薬になるのでございます」。

そこで国王は、カラスを殺してカラスの脂肪を集めるようにと、家来たちに命じました。家来たちは、すぐさまカラスの脂肪を集めにかかりました。しかし、カラスの体には、もともと脂肪というものがないのです。それにもかかわらず何とかしてカラスの脂肪を取ろうと焦った家来たちは、次から次へとカラスたちを殺していきました。街にはカラスの泣き叫ぶ声が響き、あちこちにカラスの死骸が山のように積まれました。街のカラスたちは死の恐怖に怯えて震え、街中がパニックにおちいりました。

火葬場のカラスの頭となって森に住んでいる菩薩のもとに、一羽のカラスが街からやって来て、街で起こっている恐ろしい大虐殺の有り様を伝えました。菩薩はその話を聞いて、「私の仲間たちに起きている身の毛もよだつような怖ろしいことを解決するためには、慈悲の修行をするよりほかには、手だてはないだろう。私はそれを為そう」と考えました。菩薩は十波羅蜜(じっぱらみつ)の完成に専念し、中でも慈悲波羅蜜に力を入れて、慈悲で心が完全に満たされるように、心を修めました。懸命にがんばって慈悲の冥想を完成させた菩薩は、街に向かって飛び立ち、お城に向かいました。

菩薩のカラスは、開いていた城の窓から中に入り、王が座る玉座の下に潜り込みました。家来が菩薩を捕らえようとしましたが、王は菩薩のカラスが静かに控えている様子を察し、「捕えてはならない」と家来を止めました。菩薩はしばらく静かに慈悲の冥想をして心を落ち着けてから、玉座の下から出て、慈悲の心で王に話しかけました。

「大王よ、王は我欲を抑えて国を治めるべきです。どんなことでも、よく気をつけて、注意深く、思慮深く行動するべきです。王様が現在なさっていることで、成果が得られる見込みがあることは行うべきですが、成果が得られる見込みのないことをし続けてはなりません。もし国王が、成果が得られる見込みがない虐殺を続けるならば、多くの者は死の恐怖に怯え、ひどい恐怖の中で苦しむことになります。

私はカラスの大虐殺についてお話しするために、こちらに来ました。司祭は怒りにとらわれて、事実ではない話をしました。カラスの脂肪がやけどの薬になるということですが、カラスには脂肪はないのです」と言いました。

王は、慈悲の溢れた菩薩と話をして心が清らかになり、菩薩を黄金の椅子に座らせました。そして、召使に命じて、千回精製した香油を菩薩の羽にぬらせ、黄金の器ですばらしいごちそうを運ばせて菩薩をもてなしました。菩薩が食事を食べ終わると、王は菩薩に、「賢者よ、あなたはカラスには脂肪がないと言われた。なぜカラスには脂肪がないのですか」とたずねました。菩薩はそれについて、次の詩を唱えました。

  心臓は絶えず恐怖で震え
  体は世間に痛めつけらる
  これ我らカラスの常なれば
  なぜに肥ゆる暇ありや

このように、菩薩はその理由を説明して、「大王よ、一国の王たるものは、無計画に、無思慮にことを運ぶべきではありません」と、王を戒めました。そして王に五戒を説き、すべての生きものを保護することを願いました。王は菩薩の智慧に感心し、すべての生きものを保護することを決めました。

それからは、カラスたちは、毎日お城で食事を与えられることになりました。お城では毎日十貫もの米が炊かれ、おいしく料理をしてカラスたちに与えられました。また、菩薩のカラスには特別に、王と同じ豪華な食事が毎日供されることになったのです。

王は菩薩の話を聞いて善政につとめ、自分の行いによって、生まれるべきところに生まれ変わっていきました。

ブッダは「その時の王はアーナンダであり、カラスの王は私であった」と話されて、過去の話を終えられました。

 

スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓

このカラスの物語は、政治家や権力者の精神状態を描いているエピソードです。

➀まず一般人の生き方からエピソードが始まります。互いに助け合ったり、ふざけたり、喧嘩したり、からかい合ったりして生きるのが、一般人の日常茶飯事の生き方です。からかわれても、笑われても、仲間同士でなんとも思わない。それで、労働して苦労しているにもかかわらず、満足できる収入もなく苦しんでいる一般人は、生きる苦しみを和らげるのです。

しかし、人をからかいたい気持ちになっても、イタズラしたい気持ちになっても、相手を選ばなくてはならない。冗談がわかる人を選ばなくてはならないのです。一般人の役を演じるカラスはここで失敗します。イタズラ自体は一応迷惑でも犯罪ではありませんが、相手を間違ったら大惨事になるのです。

②自分の権力・財力で自画自賛しながら魅せる生き方は、この物語のバラモン人だけではなく、現代の人々の間でもよく見られるのです。権力・財力・知識能力などは悪くないが、それを魅せるために使用すると、その人は時限爆弾のようなものになるのです。社会では、ちょっとした言葉違いで、対応違いで、大変な問題を引き起こす可能性はあります。

現代でも、政治的な世界では、民族浄化など想像を絶する残酷な行為はよく耳に入る話です。大量虐殺する人々は、何か被害者の欠点を見つけて、虐殺を正当化するのです。「自分の民族は優れている」「自分の宗教は正しい」「自分の政治体制は正しい」などと無意味でくだらない言い訳をして残酷な行為をする人々は、このジャータカ物語のバラモンの役です。このバラモンは、王様に道を過(あやま)らせるための機会を待っていたのです。

王様は火傷した象たちを治したかったのですが、顧問であるバラモン人にとって、それはどうでも良いことでした。自分の権力・財力を守ること、自分が儲かることが、国よりも、国民よりも、自分がアドバイスする主人よりも優先だったのです。現代でも、なぜ政治家・大統領が、突然わけもわからない、理屈に合わない、国益にならない行動をしているのでしょうか。国民は嫌がっているのに、強引に歪曲した愛国心でマインドコントロールして戦争を引き起こします。やはり、顧問・アドバイザーがいて、そのアドバイスに無批判的に乗る政治家がいるのです。この両者の組み合わせは、人類にとってこの上のない不幸なのです。

③「政治家・権力者が凶暴に国民を虐殺したり苦しめたりしても、他の政治家・権力者が現れて国民を解放してくれる」とは、仏教は思わないのです。「人民解放者、救済者」などは、仏教ではあまり認めないのです。このジャータカ物語では、一般人を代表するカラスが、最悪の事態を打開するために動くのです。やっぱり一般人は、「国が自分を守ってくれるのだ」と無関心で生活するのはよくないのです。

④仏教的に観察した「正しい政治」を、菩薩であるカラスの頭で教えてあげるのです。この教えは普遍的な政治論です。政治家は自分の利益を考えてはならない。国を治める人が自分の幸福、自分の収入を気にするならば、頭のてっぺんまで腐敗した政治家になってしまいます。「自分のことが気になる人に国を治める権利は無い」というのが、仏教政治論の見方です。

⑤カラスの歌。このカラスは一般人の気持ちを歌っているのです。朝から晩まで働いても収入は足らない。家族を養ってそれなりに食べているが、いつ仕事がなくなるかわからない。心配でこころが燃えている。一般人には脂肪が溜まる余裕はないのです。

 

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