ジャータカ物語

No.90(2007年6月号)

吉凶物語

Maṃgala jātaka(No.87) 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

これは、シャカムニブッダがマガダ国の竹林精舎におられた時のお話です。

マガダ国の都ラージャガハ(王舎城)に、大金持ちのバラモンが住んでいました。彼はとても贅沢に暮らしていましたが、迷信深く、三宝を敬わず、邪見でものごとを見ていました。

ある時、バラモンがタンスにしまっていた服を、一匹のネズミが囓(かじ)りました。後日、バラモンが入浴後にその服を持って来るようにと命じたところ、召使いが、その服はネズミに囓られたことを主人に告げました。

迷信深いバラモンは、それを聞いてとても驚き恐れ、次のように考えました。

「ネズミが囓った衣服というのは、大変に不吉なものだ。あの服は疫病神だ。この家にあれを置いておいたら、大変な禍(わざわい)が起こるに違いない。しかし、あの服を召使いや使用人に与えてもならない。不吉な服を持つ者には、災難が降りかかる。それだけではなく、彼に触れる者も皆、ひどい災難に遭うことになるのだ。あの不吉な服は、すぐさま墓場に捨てさせねばならない。しかし、あれを召使いに持たせるのは安心できないぞ。もし彼らが『これを捨てるのであれば自分がもらっておこう』という欲でも起こしたら、大変なことになる。これは私の息子に命じて、墓場に運ばせることにしよう」。

バラモンは息子を呼んで、その衣服がいかに不吉であるかを詳しく言い聞かせ、

「おまえはあの衣服に決して手を触れてはならない。服を棒に巻き付けて墓場に運び、棒と共に墓場に捨ててくるのだ。あれを捨てたらすぐに沐浴し、頭の先からきれいに洗って体中を清めなさい。くれぐれも頼むぞ」と言い聞かせて、墓場にやりました。

その日、お釈迦さまは、早朝の冥想において人々を見渡され、悟りに導くべき者をご覧になりました。そして、このバラモンの親子は預流果(よるか/一段階目の悟り)を得る機根があることをお知りになりました。お釈迦さまは、森で鹿を追う鹿猟師のように、すばやく墓場へ向かわれ、六色の金色に輝く光を放って墓場の入り口に立たれました。

バラモンの息子は、父の言葉にしたがって、ネズミの囓った衣服を、蛇を巻き付けるように棒の先に巻き付け、墓場にやって来ました。

お釈迦さまはバラモンの息子に声をかけ、「若者よ、ここに何をしに来たのか?」と尋ねられました。

息子が、「ゴータマさん、この衣服はネズミが囓った、とても不吉なものなのです。疫病神と同じです。猛毒のようなものなのです。私はこの服を墓場に捨てに来ました。私の父は、これを召使いに捨てさせて、万一その者がこれを自分のものにしたならば、彼に禍が降りかかってしまうと心配し、息子である私にその用事を命じました。私はこれを捨ててから、沐浴して穢(けが)れを清めなければなりません」とお話しすると、釈尊は「では、捨てなさい」と言われました。青年はその服を棒ごと墓場に捨てました。

すると釈尊は、「これは我々が使うべきものだ」と、その場でその衣服を拾われたのです。

バラモンの息子は驚いて、「ゴータマさん、その衣服は不吉です。疫病神と同じなのです。拾ってはなりません。拾ってはなりません」と必死で止めましたが、釈尊はそのまま竹林精舎へ戻られました。

息子は急いで家に帰り、「お父さん、私があの衣服を墓場に捨てたところ、沙門ゴータマが、『これは我々が使うべきものだ』と言って拾われました。そして、私が止めたのにもかかわらず、竹林精舎に持って帰ってしまわれました」と告げました。

バラモンは、「大変なことになった。あの衣服は怖ろしく不吉なものだ。疫病神と同じなのだ。あの衣服を使ったら、沙門ゴータマは災難に遭うに違いない。そんなことになれば、あの衣服を捨てた私たちも非難されることだろう。沙門ゴータマには新しい布をお布施して、あの不吉な衣服を捨てていただくことにしよう」と考えました。

バラモンは息子といっしょに、お布施する布地を使用人に持たせて竹林精舎に出向き、釈尊のところに行きました。そして釈尊と次のような会話を交わしました。

「ゴータマさん、あなたは墓場で衣服を拾われたと聞きましたが、本当ですか?」

「バラモンよ、その通りです」

「ゴータマさん、あの衣服はひどく不吉なものなのです。あなたがあれを使われたなら、災難に遭うことになるでしょう。その上に、精舎にいる皆さん方にも、災難がふりかかるに違いありません。衣のための布地は、お布施いたします。どうぞあの衣服は捨ててください」と、新しい布をお布施しようとしました。

釈尊は、「バラモンよ、私たち出家には、墓場、街頭、ゴミ捨て場、浴場、道ばたなどに捨てられたり、落ちていたりする布地こそ、使うためにふさわしいのだ。あなたは今だけでなく、過去においても、そのような迷信を懐いていたのだよ」とおっしゃって、バラモンから求められるままに過去のことを話されました。

昔々、善政を敷くマガダ王がマガダ国を治めていた頃、菩薩は都の西北の方に住むバラモンの家に生まれました。成長した菩薩は出家して、神通力と禅定を得た仙人となり、ヒマラヤ山中に住んでいました。

ある時、菩薩はヒマラヤから下り、ラージャガハ(王舎城)に来ました。マガダ王は、菩薩の立ち居振る舞いを見て感心し、御苑に滞在してくれるようにと頼みました。菩薩は承諾し、王に法話を説きながら、御苑に滞在していました。

その頃、ラージャガハに、一人の迷信深いバラモンが住んでいました。ある時、バラモンがタンスにしまっていた衣服をネズミが囓(かじ)りました。現世物語と同様、迷信深いバラモンは、その衣服が非常に不吉なものになってしまったと信じ込み、息子に墓場に捨てに行くようにと命じました。それを知った菩薩は、墓場の入り口で立って、待っていました。

息子がネズミが囓った衣服を捨てると、菩薩はそれを拾いました。

息子は「行者よ、その衣服は不吉です。拾ってはなりません。拾ってはなりません」と必死で止めましたが、菩薩はそのまま御苑に戻られました。

息子はすぐさま家に戻り、バラモンにそのことを報告しました。

バラモンは、「王様の御苑におられる出家者が災難に遭うだろう」と心配して、菩薩に会いに行きました。

「行者よ、あなたが墓場で拾われた衣服は、怖ろしく不吉なものです。あの衣服を捨ててください。捨てないとあなたに災難が起こり、大変なことになるのです」

菩薩は、「バラモンよ、出家である私には、墓場に捨ててある衣服がふさわしい。我々は、吉凶や占いは気にしない。吉凶を気にすることを、ブッダ・独覚ブッダ・ブッダの弟子たちは、善きことだとほめてはおられません。賢き者は、吉凶や占いを気にしてはならないのです」と言われ、バラモンのために法を説かれました。

バラモンは菩薩の教えを聞いて、迷信に対する邪見を打ち破り、菩薩に帰依しました。

菩薩はその後も怠らずに禅定を修し、寿命を全うして、梵天界に生まれ変わりました。

お釈迦さまは、過去の話を終えられ、バラモンのために法を説かれ、次の詩を唱えられました。

吉凶判断、夢見、手相見
それら占いに頼らぬ者
迷信の過失を超え、諸々の煩悩を滅ぼして
再び輪廻に戻ることはない

そしてお釈迦さまは、バラモンの親子のために、四つの聖なる真理(四聖諦)を説き明かされました。その法話を聞き終わった時、バラモンは息子と共に、一段階目の悟り(預流果)の境地を得ました。

お釈迦さまは「過去の話に出てきたバラモンの親子は、ここにいる親子であり、王の御苑に滞在していた行者は私であった」と言われ、話を終えられました。

スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓

占いと吉凶を信じることはインド文化と一体なのです。笑っても批判しても、消えるものではありません。インド文化の影響を受けている国々も、気持ちよく占いと吉凶などを信じているのです。仏教もインド文化を背景に現れたものなのですが、断言的に迷信には反対です。しかし仏教徒でも、何の躊躇もなく占い・吉凶などを信じる人々は多いのです。洋の東西を問わず人間なら、何かの迷信に頼っているのです。

占ってもらって、その占いが当たらなかったとしても、「占いはインチキだ。信じられません」と言わないのです。「あの占い師はインチキだ」と言うのです。それは、占いが正しいと信じたい気持ちの表れです。子供さえもおまじない好きですから、どうしようもないのです。

原因は何でしょうか。生きることといえば、不満・不安が一杯です。明日のことはわからない。これはかなりの精神的なストレスなのです。そのストレスを占い、迷信は和らげてくれるのです。ですから、占いは正しくてもインチキであってもどうでもいいのです。それから、人々は生きることに徹底的に執着しているのです。物に徹底的に依存しているのです。不幸にはなりたくない、欲しいものは手に入れたいと思っているのです。しかし、現実は甘くない。希望通りにはいかないのです。だから、占ってもらって将来の情報を先取りすればいいのではないかと思うのです。

感情も迷信の大事なライフラインなのです。人のことが嫌だと思ったら、確実に嫌になってしまうのです。誰かが自分に不幸を招く原因だと思ったら、その人といると確実に不幸になるのです。我々の生き方は感情によって左右されるのです。ですから占いも吉凶も、結構当たるのです。当たるというよりは、我々は当たるようにと図るのです。

占いに頼ると、人生は自由になりません。幸福にもなりません。あらゆるものによって操られたり、詐欺師たちに騙されたりするのです。それでなおさら不満が増えるのです。さらに占いに依存するのです。この悪循環を断ち切ることはなかなか難しいのです。文明のはじめから現代まで続いているのです。時代が変わっても、社会が発展しても、不安・不満は消えないのです。昔の人々も、畑が大豊作になると確信していたら豊作祈願はしなかったでしょう。

自分自身の生き方の不安定、世界の不安定には慣れにくいものです。何があっても立ち向かうぞと思えるほど精神的に強くないのです。藁にでもすがりたいという気分で皆生きているのです。ですから、様々な宗派仏教の中でも密教系の仏教は人気があります。白魔術、黒魔術、祈祷、占い、超能力など、何でも欲しがります。生きることは、それほど不安なのです。何をやっても「生きていきたい」という執着は強いのです。

仏教は具体的に語る。ものごとは無常だ、先が読めないのは当たり前だ、何が起きても対応できるように強い精神を持てば様々な問題を乗り越えることができるのだ、と語るのです。貪瞋痴の感情を控えて慈しみで生きているならば、人は誰でも大幸福で、無難で生きていられるのです。災難に遭遇しても、乗り越えられる勇気と智慧が現れるのです。しかし人々は貪瞋痴を控えるどころか、貪瞋痴のために生きているのです。だから心清らかにすることではなく、占いを信仰するのです。

心清らかな人に、何の吉凶も何の星の組み合わせも関係ないのだと言うために、仏陀の時代では俗世間が不幸だと思って嫌悪するところを敢えて使用したのです。墓場、遺体捨て場、空き地、森、山、谷などに住んで、修行して、最高な幸福に達したのです。昔、遺体を布切れで巻いて捨てたのです。遺体を見ることさえも大凶だと思っていたインドで、出家は、遺体を巻いていた布を取ってきて衣を作ったのです。その衣を巻いて堂々と国王の宮殿にも行ったのです。

もしあるところに聖者が一人でもいたならば、それこそ最高な吉祥なのです。俗世間の迷信には根拠はありません。

 

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