ジャータカ物語

No.98(2008年2月号)

大騎士物語

Mahāassāroha jātaka(No.302) 

アルボムッレ・スマナサーラ長老

これは、シャカムニブッダがコーサラ国の祇園精舎におられた時に語られたお話です。お釈迦さまは、「恩人に対し、その徳と恩により、あるいは恩を知る者として、恩を返すことは正しい」とおっしゃって、過去の話をされました。

昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、菩薩はその国の皇太子として生まれました。父王が亡くなって跡を継いだ菩薩は、王としての戒めを守り、公正に国を治めていました。ある時、国の国境近くで紛争がありました。菩薩は争いを鎮めるために軍を率いて出かけましたが、思いがけず戦に敗れ、命からがら逃げることになりました。夜中に暗闇の中を走る途中で軍隊からはぐれた菩薩は、翌朝の朝早く、片田舎の村にたどり着きました。村ではちょうど、王の支持者たちが三十人、村の中央に集まって仕事をしていました。しかし、鎧兜(よろいかぶと)をつけて武装した菩薩が馬に乗って近づくと、ほとんどの人々は怯えて逃げ去りました。

ところが一人の男だけは落ち着いて菩薩を迎え、「バーラーナシーの王様が国境あたりの紛争を収めるために軍を率いて来ておられると聞きました。あなたは王様の軍隊の方ですか、それとも敵軍ですか」と尋ねたのです。「王方の者だ」という言葉を聞いた男は、王を自分の家に連れて帰りました。男は妻に王の足を洗わせ、心づくしの食事を食べさせ、寝床を整えて疲れ切った王を休ませました。王が休んでいるあいだに、王の馬の鎧をはずして水を与え、馬の背に油を塗って、草地に連れて行って草を食べさせてやりました。

王は何日か男の家に滞在した後、村を発つことにしました。男は王と馬のためにするべきことをなし、旅の準備を整えました。王は、「村人よ、世話になった。都の方に来たならば、ぜひわが家に来てもらいたい。南門の門番に『大騎士の住まいはどちらか』と尋ねればよい」と男に言い残して村を発ちました。

その頃、王とはぐれた軍隊は、都に帰ることもできずに途方に暮れて都の近くで野営をしていました。そこに王が現れたので、彼らはたいそう喜び、沈んでいた軍隊は息を吹き返したのです。すぐさま都に帰還することになりました。都に入る時、王は南門の門番を呼んで、「田舎から村人が来て大騎士の住まいを尋ねたら、その者に失礼のないように、すぐに城に連れてまいれ。そうすれば一千両の褒美を取らせよう」と言いました。

王は村の男が来るのを待ちましたが、男は来ませんでした。しびれを切らした王は、彼が来るようにと、男の村の税金を上げさせました。それでも男は来ませんでした。王は、二度も三度も税を上げさせました。

村の税金があまりにも高くなったことに困り果てた村人たちは、集まって話し合いました。そして王をかくまった男に、「あなたの友人である大騎士さんが都に帰ってから、なぜか税金がすごく高くなって、たいへん苦しい。どうか都に行って大騎士さんに会い、何とかならないか頼んできてもらえないだろうか」と頼みました。「よし、わかった。しかし、手ぶらで行くことはできない。私の友人には二人の子供がいるそうだ。その子供たちと奥さんと友人自身のために衣服を用意してもらいたい」「承知した」。男は村人たちが用意した衣服と自分の妻の手作りのお菓子を持って、都に向かいました。都に着いた男は、南門の門番に「大騎士さんのお住まいをご存知ですか?」と尋ねました。門番は、「はいはい、ご案内いたします」と言って、男をお城に連れて行きました。

男を見た王はすぐに玉座から立ち上がり、「余の友人を迎えよ」と言って、男を抱いて歓迎しました。王は、「奥さんと子供たちはお元気か?」と親しく言葉を交わした後、男の手を取って、白い傘に覆われて高いところにある玉座に座らせ、第一妃を呼び、「私の友人の足を洗ってあげなさい」と男の足を洗わせました。王もそれを傍で手伝い、黄金の水差しで男の足に水をかけました。第一妃は男の足に香油を塗りました。男が手みやげの菓子を持っていることに気づいた王は、喜んでそれを受け取り、すぐに自分も食べ、王妃や大臣たちにも食べさせました。みやげの衣服も受け取り、すぐにその衣服に着替え、王妃にも着替えさせました。王は豪華な食事で男をもてなし、王になされるのと同じ世話を大臣に命じ、男を香水で湯浴みさせ、髪と髭をきれいに整え、高価なカーシー産の衣服を着せました。それから王は、都中に響き渡る太鼓を叩かせて大臣たちを集め、白い大傘の下で、赤いたすき(王位を示す)をかけ、副王に任命しました。

それ以降、王は男と共に食べ、共に休み、あらゆることを共にするようになりました。二人の間の信頼は、何人にも破れない堅いものでした。王は、男の妻子を田舎から呼び寄せ、彼らのために都に立派な家を造らせました。王は男と共に国を治めるようになったのです。

その様子を見た大臣たちは王の息子に訴えました。「王子様、王様はただの平民と一緒に食事をされ、休まれ、国を半分渡すことさえなさっておられます。彼の子供たちを拝ませたりもなさいます。いったいあの人がどういうことをしたのかも、私どもは存じません。王様はいったいどうなさったのでしょう。正気の沙汰とは思えません。どうか王子様から王様に、行いを改めるようにおっしゃってください」。王子は承諾し、彼らの言葉を父王に伝え、「王様、こういう振る舞いは王にふさわしくないと思います」と意見しました。

「王子よ、このあいだ辺境の地で戦があり、わが軍は負けて退却し、余は独りはぐれてたいへんな目に遭った。そのことは、そなたも存じているであろう。では、軍から独りはぐれていた間、いったいどこでどうしていたのか、そなたは知っているか?」

「王様、私は知りません」

「余は彼の家で手厚いもてなしを受け、そのおかげで無事に戻ることができたのだ。彼は恩人だ。どうして自分のものを分け与えないでいられることだろう」。

そして王は、「王子よ、与えるべきでない者に与え、与えるべき者に与えない者は、何か事が起こった時、助けを得ることはできない」と教えて、次の詩句を唱えました。

施すべからざる者に施し、
施すべき者に施さざる者
不幸に遭い、危難におちいりしとき
よき友を得ることなし

施すべからざる者に施さず、
施すべき者に施す者
不幸に遭い、危難におちいりしとき
よき友を得る

親しみと親愛を
道賤(いや)しく偽りある者どもに示せども益なし
尊くこころ清き者に示せば
些細なものさえ大果あり

先に善を行い
世になし難きことをなせる者は
後に、さらになそうとなすまいと
大いなる恭敬を受くるに足る

それを聞いた王子は引き下がり、それを王子から伝え聞いた大臣たちも、その後は何も言わなくなりました。

お釈迦さまは「その時の村の男はアーナンダであり、バーラーナシーの王は私であった」とおっしゃって、話を終えられました。

スマナサーラ長老のコメント

この物語の教訓

●恩を知らない人は信頼に値しない
恩を知ることには、パーリ語でkataññū とkatavedī という二つの言葉があります。詳細な意味は、自分がお世話になったことを忘れることなく、よく思い出すことです。恩を知ることと、恩返しという二つがあります。恩返しは、できる・できない・必要でない、という三つの場合があります。しかしお釈迦様は、恩を知ることを人にとって欠かせない道徳として教えるのです。恩を忘れる人は、決して信頼に値しない悪人だと注意するのです。パーリ語では厳しい単語を使っているのです。Asappurisa ̶ 悪人です。根っからの悪しき者というニュアンスです。Adhamapurisa ̶卑しい人、付き合ってはならない忌避すべき人です。

人のお世話にならないで生きることは不可能です。いま生きる我々に幸福と呼べる何かがあれば、それはすべて他の人々によるお世話の結果なのです。親の世話、師匠の世話になったとよく言うが、他人から受ける恩はそんなもので終わるのではないのです。我々がどのように生きるべきか、ということに、日本語では簡単に「感謝の気持ちで生きる」と言っています。それで充分です。しかし、得体の知れない神様に、みな喜んで感謝するのです。それでは何の意味もありません。岩の前に立って、「お岩様のおかげさまで生きています、ありがとうございます、感謝します」と言う人がいれば、みな笑うでしょう。しかし、その人の目の前には、見える、触れる石ぐらいはあります。偉大なる神様に感謝するのは、それよりも笑い話です。いるかどうかも知らないからです。神に感謝する信仰が厚い人でも、親にありがとうと言うときに、ためらうのはなぜでしょうか。感謝の気持ちは、とても具体的にならなければいけないのです。恩を知るということは、自分は自力で独立して生きているのではなく、親、師匠をはじめ、ありとあらゆる人々のおかげで生きているのだという事実を決して忘れないことです。よく思い出すことです。よく言うことです。

恩返しの場合は、当然、親が優先第一です。それから、お世話になった親戚や友人たちになります。親戚、友人、会社の先輩などなどの場合は、まず恩を知ることです。事が起きたら、恩返しすることです。親、師匠などの人々からあまりにも恩を受けているのです。時々、見知らぬ人々からも助けてもらうことがあるのです。恩返しをするが自分が受けた恩と比較するとそれは微々たるものになる場合と、その人々が何も求めない場合もあります。見知らぬ人に助けてもらったときは、恩返ししたい相手を探し出せず、できないこともあります。その時はどうしましょうか。助けを必要とする人が目の前に現れたら、誰であってもすぐに助けてあげることです。恩を人類に返してあげるようなものです。ある偉大なる人が、身寄りのいない子供を拾ったのです。わが子のように育てて、知識を与えて、幸福にしてあげたのです。その人は恩師に、私はどのように育ててもらった借りを返せばよいのかと訊く。恩師は、「私には必要なものは何もありません。私があなたにしてあげたことを人類にしてあげてください。そうすれば、あなたは何百倍も恩返しをしたことになります。私に何の借りもない人間になるのです」と答えました。仏教では恩を受けた本人に必ず恩返ししなければいけない、という話ではないのです。自分の人生そのものが、他人に対する恩返しの人生にならなければいけないのです。

 

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